熊本市の伝統的なからくり玩具のなかに、「おばけの金太」と呼ばれるからくり人形がある。名前がユニークなら、その風貌もかなりユニークだ。なにしろ、その姿はさらし首のように頭だけ。しかも木と紙でできた黒い烏帽子に真っ赤な顔とくるから強烈な個性だ。熊本では「目くり出し人形」ともいわれ、頭の後ろに出ているひもを引くと、頭の中に仕込まれた竹バネのしくみで、白目をむいて舌を突き出すようになっている。子供の玩具にしてはかなりシュールといえるかもしれない。そんな、ちょっとユニークな人形にはモデルがいるという。加藤清正が熊本城を築城した頃、風貌がこっけいで冗談をいって周囲を笑わせていた金太という足軽がいて、「おどけの金太」といわれて人気者だった。この金太をもとに、西陣屋彦七という人形師が作ったからくり人形が、おばけの金太のルーツとされる。それにしても、どうして赤い顔なのか。西陣屋彦七の跡を受け継ぎ、おばけの金太を製造する厚賀人形店の十代目店主である厚賀新八郎氏によると、顔が赤いのは酒飲みだからという説や、モデルの「足軽の金太」が石材や材木を運ぶ人たちの頭として、連日炎天下で指揮して日に焼けていたからだという説があるという。また、子供の玩具なので、怖さの迫力を出すために赤い顔にしたとする説などもあるようだ。さらに、こんな説も有力視されている。この人形が作りだされた当時は幕末で、天然痘などの疫病が世の中に蔓延していた。そうしたことを背景に、人々の間では弱い子供、とくに赤ん坊に赤い着物を着せることで「疫病除け」をする信仰が広く行なわれていた。これは赤い鳥居などの赤が魔除けを意味するのと同じことである。そこで、おばけの金太の肌も、疫病除け祈願のために魔除けを意味する赤い色にしたのではないかというのだ。また、金太が舌を出しているのは、「肥後もっこす(熊本の県民性を表す方言で、意地っ張りのこと)」ならではの反骨精神を意味するという説と、歌舞伎などの舞踊のひとつである「舌出し三番叟」に由来するという説がある。そのほか、浄瑠璃人形の内部構造と似ていることから、ここにルーツがあるのではという説もある。厚賀人形店は熊本の城下町で創業したが、明治十年に起きた西南戦争の際には、二回をすべて焼き払われてしまったため、疎開を余儀なくされた。そのときに店主はおばけの金太の型を一個持って逃げ、その後の商売の再開に繋げたという。現在では、おばけの金太を作るのは日本でただひとり、新八郎氏のみである。
(参考)
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