美容外科海外事情

2011-03-05

ショッキングピンクに緑に紫、黄に紺。色とりどりの靴下が道端に積まれている。横で光るのは豚足の山。斜め上にはエンポリオ・アルマーニ印の(にせものでしょ!)Tシャツがとぼけたように揺れている。青いポリバケツに革ジャン、バナナにスプーン、レタスに長靴、ナマコにちりとり…まったく異質のモノ、モノ、モノ。生活に関わるあらゆるモノたちが臆面なくぶつかりあい、我を主張し、ノイズを発する場所−ソウル南大門市場。騒音はぜんぶエネルギーだ、ここは生活用品の迷路だ…と観光客の高揚した気分で歩きまわる。それにしても不思議。私を見たオジサンは日本語で「おみやげ!いいものあるよ!」とどなるし、おにいちゃんも「安いよ!スカート安いよ!」と叫ぶ。この人混みの中、肌も髪の毛も目の色も違わない私が、どうしてすぐ日本人だとわかってしまうのだ?南大門市場で知った。アジアの隣国同士、韓国人と日本人は一見よく似ている(ように思える)。同じ夏にヒマワリ柄が流行ったり、雑誌『non・no』のせいか、女子大生ファッションの色使いや形もそっくり。が、いくら外見が似ていても、身体にまとわりつく雰囲気、匂い、それを醸し出す生活や文化は決定的に違う。客引きの彼らは、とんがったアンテナで「違い」をすばやくキャッチし、商売をしているのだ。「韓国でも美容整形が流行っているらしいよ」という話を私は取材の過程で耳にした。「美容整形は国民1人あたりのGNPが5千ドルを超えるあたりから急増するようです」と、ある医者は言った。そう、韓国のGNPが5千ドルを突破したのはソウル・オリンピックの2年後、1990年のことだ。韓国の「美容整形」現象をさぐるためにソウルへ。南大門市場でめざとく日本人だと判別されてしまった私としては、日本と韓国、2つの国での美容整形をめぐる現象と、そこから漂う匂いの「違い」が気になった。週末は夜遅くまで街の声が響いてくる。サボイホテルは、繁華街・明洞のまん中にある。ブティック、靴屋、アクセサリー店、レストランなどがひしめきあう目抜き通り。看板を眺めれば、あそこにもここにも…4、5軒の「成形外科」(韓国語表記による美容外科)がすぐ視野に飛び込んでくる。明洞は集中地帯だ。約20軒の専門医と、同じほどの非専門医がここで開業しているという。専門医とは、正規に学んだ科目で開業している医師のこと。非専門医は専門科目以外で開業している医師を指す。韓国も日本と同様、医師免許があれば専門以外の科目も診ることができるシステム。非専門医に商業的色彩が濃いこと、金儲け目的のインスタント手術でトラブルが増えつつあることも、日本とよく似ているようだ。「ここ2、3年に患者の数が倍増しました。同時に、親からもらった身体は傷つけてはいけない、という儒教的タブーは薄まってきてますね」と、ソフトな口調で金勇成成形外科院長は語る。じゅうたんに革のソファというリッチな雰囲気の診療所だ。「うちは40代から50代の中年層の患者が多いので、シワ取りや脂肪吸引などの若返り手術に人気がある。二重やあご削りも要望が多い。10代の娘を連れてくる母親もいますよ」。金医院の料金は、二重と隆鼻が70〜80万ウォン(約14〜20万円)、豊胸が250万ウォン(約50万円)、シワ取りやあご削りが300万ウォン(約60万円)。韓国の都市生活者の平均月収が約74万ウォン(1989年)というから、かなり高い投資ではある。20年ほど前から世界とのつながりが密になり、韓国も先進国と同じような価値観を共有するようになった。手術をタブー視しなくなったのはそのせいでしょう」と言うのは厳翼泰医師だ。1年半前、高級マンションの建ち並ぶ押鴎亭洞のビルの3階で開業した。受付にはグレーのパンツスーツにラメのシャツ、黒いポシェットを下げた、ソバージュヘアの女の子がいる。こんなきれいな人が、いったいどこを直すつもり?「3月は予約でいっぱい、早くても4月になります」と看護婦さん。でも女の子は一刻も早く手術を受けたくてしょうがない様子。その場で翌日午前10時からのカウンセリングを予約した。ブームと言えますか?「まあ、それに近い状態ですね。経済的、時間的な余裕ができて、美的感覚が洗練されたとしか言いようがない」と厳医師は言った。「学生が5、6人でやってきて手術していくケースもありますよ」と梨花女子大学近くで開業している許垠医師も言う。60年代は美容整形の暗黒時代だった。無資格の者が手術道具を持って移動し、むやみに注射したり、深刻な失敗も多かった。苦にして自殺する患者もいた。でも今は、技術が進歩し安全性も高まり、手術をすればきれいになれるという意識が広まった、と言う。「人は人生を選択していく。けれど同時に選択されるのです。容姿という先天的なもので不公平が生じるなら、成形外科にはそれを取り除く意味がある。私は手術を肯定的にとらえています」。さっそくお昼時の梨花女子大校門前へ。女の子で一杯のハンバーガーショップ、ウェンディーズ。「ポロ」のカーディガンがやたら目につく。ニットの重ね着が流行っているらしい。ね、ほんとに整形手術を受ける人って多いの?と、手当たり次第に声をかけると、流行を裏付けるようなことばがポンポン返ってきた。「うん、友達にも手術した人がいる」「目とか鼻、あご。手術したことを平気で私に言うの。満足しているから仕方ないかな」「休みが明けると二重になって来る子もいっぱいいる」「あの子がきれいになったんだから、ってライバル意識を燃やしたり」「母が目を手術して脂肪をとり、はれぼったいのをなおしたら、と言うの。私はいやなんですけれど」「やりたいと思うけど、失敗が怖いでしょ」という人もいて、恐怖感がブレーキになるケースも多いようだ。彼女たちは経済的にも恵まれ、学歴も高い、いわばエリート。そしてみんな、自分のコトバを持っている。勉強のこと、将来のこと、キラキラした目で早口にしゃべる!それにしても、だ。こんなに恵まれて、将来有望そうな女の子たちなのに、整形手術を受ける人が多いというのが、どこか不思議。これ以上、人工的な美が必要なのだろうか?それとも日本よりも急速に、広範囲にタブー感覚が薄れてきている証拠、なのだろうか?「外面よりも内面を磨くことの方が大切よ。これ必ず書いてね!」と、手術に反対する子もいた。この界隈にはファッショナブルな女の子があふれている。きれいに揃えた眉にアイブロウがしっかりのっている。「私だって手術するのがいいとは思わない。でも手術できれいになって、いい結婚をする人を責められないよね。豊かな社会って、いろんなことを許していく社会でしょ」と、おちょぼ口におでこがチャーミングな彼女は言う。いろんなことを許していく社会…「民主化」というコトバが頭の隅をちらりと走る。忠武路のK−ONEスタジオに李在吉さんをたずねた。李さんは1984年、韓国人で初めてヌード写真集を出版したカメラマンだ。韓国では出版許可が出ず、日本の光文社から『夢幻』というタイトルで出版したという。李さんは半年から1年、モデルと向き合い、さまざまに内面を引き出す訓練を重ねていく。その過程で洋装もヌードも撮り、最後にはチマチョゴリを着せるという。「そうすると単に伝統衣装をまとうのではなく、韓国人の独特の心が惨み出してくるんです」。最近は整形していないモデルを探すのがたいへん、と李さんは嘆いた。「韓国人固有の美しい一重とか唇とか鼻とかを、工場で生産されたもののように均一な形に整形してしまうモデルが多い。困ったものだ。機械で作ったような顔のモデルは使いたくありません。直した顔からほんとうの心は読み取れないからね」。1年に1人くらいしか思ったようなモデルは育たない。それでもモデル選びにはこだわり続ける、と李さんは言う。「日本の女性は開放的で、心がそのまま写真に現れる。でも私か撮りたいのは内に秘めた心を夫にも恋人にも話さない女性。言葉で言い表せない痛みを目で表現する韓国の伝統美を持つ女性。探すのはたいへんですけれど。耐えに耐えてきた彼女たちの内面はある時爆発し、目や手や体が表情を持ちます。それが私にとってものすごく魅力なんです」。李さんは、「今撮りためているヌード写真は3〜4年後にはきっと出版できるでしょう」と目を輝かせた。ヌード解禁と経済的な豊かさ、社会の円熟とは深い関係があるから、と。経済が発展し暮らしが豊かになればなるほど、しかし感情を内に秘め耐える伝統的女性は減っていき、外面的な美をインスタントに手に入れる風潮が強まっていくという皮肉な現実に李さんは直面していた。

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