撮影用の服を決めたい

2011-06-16

淡い薔薇色とベージュ色の石で造られた小さな教会。その前にひと組の男女が立つ。彼は後ろに回りこみ、妻を包み込むようなかたちになった。ふたりの黒いコートが長い影を引く。あたりには誰もいない。冬の透明な光の中で、シャッターの音だけが響いている。中世のおもかげを残すマントヴア地方の街、サビオネッタ。ここがイタリア中で一番好きな場所だと言うシャンフランコと妻のサントラを撮影するために、私たちはミラノからやって来た。静かに向かい合って立つふたりの姿を見ながら、彼らのことは日本へ帰ってもずっと忘れないだろうと私は思っていた。シャンフランコはミラノ大学で中世建築を研究する大学院生である。ある雑誌の仕事でミラノの若いカップルを取材することになり、ふたりを知人に紹介してもらったのだ。彼らはミラノ郊外のハンバーガーショップの二階に住んでいた。撮影の打ち合わせのために訪ねると、ちょうど大学院から戻ってきてくれたシャンフランコと玄関の前でばったり会った。入り口を入ると右手にキッチン、左がベッドルーム。その壁一面に取りつけられた本棚には、ぶ厚い革の背表紙がぎっしりと並んでいる。まず、撮影用の服を決めたいの。私がそう言うと、シャンフランコはベッドを飛び越えて向こう側のワードローブとの狭い隙間に立ち、オーケイと言って笑った。茶色のツイードジャケット、それにこのオレンジ色のジレを合わせよう。もうひとつ、グレーフラノのスーツがあるんだ。正装用なんだよ。帽子は黒のボルサリーノが合うね。靴下は……。服を決めていく彼はとても楽しそうだ。イタリア人に多い中背のずんぐりした体つき。細い銀縁眼鏡の奥の目が人なつっこくて、シャンフランコが身につけると、ちょっとオジサン趣味なボルサリーノもパイプも、なぜたか愛らしく見えてしまう。お金がないからね、服はそんなに持っていないんだ、と言いながらもワードローブの中には、どうやら彼の服の方がたくさん詰まっている様子である。